医院継承で親子トラブルを防ぐには? よくある問題と解決策を徹底解説


永藤 貴弘
ビジョンシード会計事務所 公認会計士・税理士
2007年上智大学卒業後、有限責任監査法人トーマツに入所致しました。トーマツでは会計・税務領域の支援だけではなくIPO支援、PwCにて事業再生コンサルティング、金融系バイアウトファンドにて当事者として事業承継・企業価値向上に取り組んで参りましたので、多面的に依頼企業様のご相談に対応することが可能です。専門家というよりも壁打ち役としてお気軽にご相談ください。
医院の親子間継承において、価値観や経営方針の違いから親子間でトラブルが生じることは少なくありません。
日本の医療現場では、少子高齢化の影響で医師の数が足りておらず、特に地方の医院では後継者不足が深刻な問題となっています。
このような状況下において親子間の医院継承は、地域医療の継続性を確保するために重要な役割を果たしています。
しかし、親世代と子世代で診療スタイルや経営方針に対する考え方が異なったり、医院の資産や負債の継承、相続税の負担、兄弟姉妹間の相続争いなどの問題があったりして、金銭面の問題を含め課題が多く存在します。
日医総研の調査によると、52.9%の診療所が子どもを後継者に指名しているものの、実際の承継過程で経営方針の相違や資産管理の問題が表面化するケースが後を絶たない状況です。
(参考:日医総研ワーキングペーパー~医業承継の現状と課題~|医業承継の現状と課題)
実際に親子間トラブルが原因で継承が進まず最終的に廃業に追い込まれてしまうケースもあります。
親子間トラブルを未然に防ぐためには、十分な事前準備と適切な対策が不可欠です。
本記事では、親子間でよく見られるトラブルの原因とその対策について詳しく解説します。
医院継承を親子間で行う際に起こりうる主なトラブルの原因

医院継承を親子間で行う際のトラブルの主な原因として、経営方針の違いや金銭・相続に関する問題、そして院長交代の時期を巡る対立などが挙げられます。
具体的にトラブルの内容について、一つずつ詳しく見ていきましょう。
経営方針の違い
医院の親子間継承において、経営方針の違いはしばしばトラブルの原因となります。
特に、親世代と子世代で診療スタイルや経営方針に対する考え方が異なることが多く、これが対立を引き起こしてしまうのです。
例えば、親世代は従来の診療方法や患者さんへの対面での対応を重視する一方、子世代は最新の医療技術やデジタル化、オンライン診療や自費診療の導入に積極的なことが多く、このような意見の相違がトラブルを引き起こしてしまうことも珍しくありません。
特に親世代が築いたアナログ型経営と子世代のデジタル化志向の対立は、診療所継承における最大の課題の一つです。
また、スタッフの処遇や役割分担に関する考え方の違いも、親子間の対立を深める要因となることも少なくないようです。
親世代は築いてきたスタッフとの関係性や仕組みを重視する一方、子世代は効率性や新しい働き方を導入したいと考え意見が対立してしまうのです。
例えばシフト管理において、親世代が「経験が豊富な人が多く入るほうが、業務の安定につながる」と考えるのに対し、子世代は「仕事が早く業務効率化できる人を優先的にシフトに入れるべき」と考え、その違いが現場スタッフの不満を蓄積させてしまうのです。
診療報酬制度の変更に対応した経営戦略の相違も顕著です。親世代が「じっくり診療」を重視するのに対し、子世代は「効率的な患者回転率」を求める傾向にあります。
この違いがスタッフの業務負荷を増大させ結果的にスタッフの離職を招き、方針の違いが事業継承の障壁となり円滑な引継ぎに影響を及ぼす可能性があります。
こうした問題を解決するためには、親子間での十分なコミュニケーションと、お互いの意見や価値観を尊重し合う姿勢が重要です。
また、事業継承のコンサルタント会社を活用し、専門家のサポートを受けながら、第三者からのアドバイスで円滑な引き継ぎを目指すことも大切です。
金銭・相続に関する問題
医院の親子間継承において、金銭や相続に関する問題はしばしばトラブルの原因となります。特に、医院の資産や負債の引き継ぎに関する認識の違いが、親子間での対立を引き起こすことがあります。
例えば、親は病院経営にはある程度の借入は当たり前で設備投資のための借入も必要と考え、子は「この負債を引き継ぐのはリスクが大きすぎる。経営が厳しいのに借金まで背負うのは納得できない」と、その負担を重く感じ後を継ぐのをためらってしまうケースなどです。
また、親の遺産分配に関する意見の相違が、兄弟姉妹間での対立を生むことも珍しくありません。
相続人の一人が財産分与の割合に不満を持ち話がなかなか進まなかったり、または医院の土地や建物の一部を勝手に売却してしまったりといったトラブルが発生する可能性があります。
さらに、不動産を維持するか売却するかで、親子間で意見が分かれることがあります。
例えば、子が医院の土地や建物を相続することで発生するその相続税や維持費に対して負担を感じ、売却を希望する場合などです。
最近では不動産の遺産相続問題に対処するため、「定期借地権」を活用した継承が注目されています。
この方法では、土地所有権を親が保持したまま子に経営権を移譲することで、相続税負担を軽減できます。
これらのトラブルを未然に防ぐためには、弁護士や税理士などの専門家に相談し、相続に関する計画を事前にしっかりと立てておくことが重要です。
また、親子間での十分なコミュニケーションを通じて、お互いの理解と合意を得ることが、円滑な継承に繋がります。
院長交代の時期を巡る対立
医院継承における親子間のトラブルの一因として、院長交代時期への考え方のズレが挙げられます。
具体的には、親が引退の時期をなかなか決められず引き継げない場合や、親の病気などによる急な引継ぎで、子が十分な準備を整えられないまま継承を余儀なくされるケースが見受けられます。
70歳以上の院長の多くが「具体的な引退時期を設定していない」という調査結果が示すように、権限移譲時期の曖昧さが継承プロセスを阻害することが主要因です。
特に認知機能の低下が疑われる場合の権限移行判断は、医療法第6条の「管理者の適格性」規定とも関連し、法的リスクを伴う重大な課題です。
多くの院長は長年培ってきた医院への愛着や患者・スタッフとの関係性から、引退の決断を先延ばしにしてしまう傾向があります。
一方で、子が医院を継承する意志を持っていても、経営者としての経験や知識が不足しているという場合もあります。このように院長交代時期への考え方にズレが生じると、トラブル発生の原因になり得ます。
これら3つの問題を未然に防ぐためには、親子間での十分なコミュニケーションと、専門家によるサポートを活用した計画的な継承の準備が必要不可欠です。
親子間での医院継承を円滑に進めるためのポイント

医院の親子間継承を円滑に進めるための具体的なポイントを解説します。
事前準備と十分な話し合いの重要性
親子間での医院継承を成功させるためには、早くからの事前準備が鍵となり、一般的に、医院継承は、5〜10年前には準備を始めることが推奨されています。
この期間を通じて、親子で定期的に話し合いの場を設け、医院の将来像や経営方針、診療スタイルなどについて意見交換を行うことが重要です。お互いのビジョンを共有し、共通の目標に向かって協力し合える体制を築けるでしょう。
専門家(税理士・弁護士・コンサルタント 等)によるサポートを活用する
医院継承に伴い、相続税や贈与税などの税務リスクが発生する可能性があります。
これらのリスクを適切に管理し、健全性を確保するためには税理士や弁護士、経営コンサルタントなどの専門家のサポートを活用することが重要です。
医療法務専門弁護士や相続税対策専門税理士にサポートを依頼することで、法的リスクや財務リスクによる損失を抑えることに繋がるでしょう。
専門家と連携しながら公平かつ効果的な事業承継計画を策定することで、税務上の課題を事前に解消し、円滑な継承を実現できます。
具体的には、医院の資産や負債の評価、相続税の試算、生前贈与の計画など、専門的な知識が求められる分野について、専門家のサポートを活用することが肝心です。
適切な対策を講じることにより、継承後の経営を早期に安定させることができます。
スタッフ・患者さんへの配慮
院長交代の際には、スタッフや患者さんに対して適切な情報提供と配慮が求められます。
スタッフに対しては、継承の計画や新体制の方針について十分な説明を行い、不安や疑問を解消することが重要です。
また、スタッフの意見や要望を積極的に取り入れることで、信頼関係を築き、協力体制を強化することができます。
患者さんに対しては、院長交代の時期や新しい診療方針について、ホームページや医院内の掲示物で事前に告知を行い、必要に応じ、患者さんと直接コミュニケーションをとることも検討してみてください。
親子間での医院継承の成功事例と失敗事例を解説

医院の親子間継承は、家族経営の継続性を確保する重要なプロセスです。しかし、適切な事前準備とコミュニケーションが不足すると、さまざまなトラブルが発生する可能性があります。
ここでは、親子間継承の成功事例と失敗事例を通じて、円滑な継承のためのポイントを解説します。
成功事例: 計画的な承継が円滑に進んだケース
例えば、ある医院では親が引退を考え始めたタイミングで、医師である子供と継承計画を立て始め、親子で定期的にミーティングを行い、診療方針や経営戦略について意見交換を行います。
また、税理士や弁護士などの専門家を交えて相続税対策や財務状況の透明化を図り、それにより継承を円滑に進めることができ、スタッフや患者さんにも早い段階で継承計画を伝えることで、新体制への移行に対する不安を解消することができ大きな混乱もなく引継ぎが完了しました。
失敗事例: 親子間の対立が解決せず、医院が閉院したケース
例えば、ある医院では院長が引退をするギリギリになってから話し合いを始めたため、親子間の診療方針の違いから継承準備が進まず、スタッフの離職や患者数の減少が続き、最終的に閉院に追い込まれてしまったケースもあります。
このような最悪の事態を防ぐためには、継承前に親子間で十分な話し合いを行い、診療方針や経営戦略について共通の理解と合意形成をすることが大切です。
また、専門家のサポートを活用し、第三者の視点やアドバイスを取り入れることで、円滑な継承を実現することが可能となります。
成功・失敗事例から学ぶトラブルを避けるための実践的なアドバイス
これらの事例から、親子間継承を成功させるためには以下のポイントが重要であることが分かります。
- 早期の計画立案: 引退を考え始めたら、できるだけ早く継承計画を立て始めることが重要です。
時間的余裕があれば、親子間での意見交換や専門家への相談を十分に行うことができます。 - 定期的なコミュニケーション: 親子間で定期的に話し合いの場を設け、診療方針や経営戦略について意見交換を行いましょう。
お互いの考えやビジョンを理解し、共有することが大切です。 - 専門家サポートの活用: 弁護士や税理士、医療経営コンサルタントなどの専門家のアドバイスを受けることで、相続税対策や財務管理、法的手続きなどを適切に進められます。
- スタッフ・患者さんへの配慮: 継承計画をスタッフや患者さんにも早めに伝え、不安や疑問を解消することで、信頼関係を維持し、円滑な移行を実現できます。
親子間継承は、家族の絆を深め、医院の発展を促す大きなチャンスですが、親子間継承の成功には綿密な計画と十分なコミュニケーションが必要不可欠です。
上記のポイントを参考に、円滑な継承を目指しましょう。
まとめ
医院の親子間継承を円滑に進めるためには、十分な準備期間が必要です。
まず、親子間で話し合いの場を設け、医院継承の目的とビジョンを共有しましょう。継承を成功させるためには、親子間で医院の経営方針について共通の理解を持つことが大切です。
定期的な話し合いを通じて、お互いの考えや目標を明確にし、共通のビジョンを築くことで、継承後のトラブルを未然に防ぐことができます。
また、専門家のサポートを活用し、円滑に事業継承を進めることで早期の経営安定が可能となるので、この記事でお伝えしたポイントを踏まえ、円滑な医院継承を目指しましょう。