医療法人の事業承継とは?ポイントや注意すべき手続きについて解説
近年の日本は超高齢化社会に突入し、それに伴い経営者も高齢化しているため、事業承継を考えるケースが増えています。しかしながら少子化の影響もあり、医療法人における後継者不足が深刻化している状況の中、廃業も検討すべきなのか悩まれている方も少なくないのではないでしょうか。
本記事では、事業承継の概要から、事業承継の進め方のポイントや税務手続きなど、医療法人の事業承継について現状のデータを示しながら解説します。
目次
医療法人とは
病院や診療所など医療施設を開設する主体にはさまざまな形態がありますが、その多くを占めているのが医療法人です。
では、医療法人とはどのようなものなのでしょうか。
医療法人は医療法によって以下のように定義されています。
- 医療法第39条1「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設しようとする 社団 又は 財団 は、この法律の規定により、これを法人 とすることができる」
- 医療法第39条2「前項の規定による法人は、医療法人とする」
医療法人の趣旨は、医療の提供という公共性の高い業務を行うため、法人格を与えることでその活動の安定性や信頼性を高め、病院の資金を集めやすくし経営難に陥らないようにすることです。
さらに、医療の質の向上と運営の透明性の確保を図り、地域における医療の担い手としての役割を果たすことが医療法第40条2に示されています。
さらに第54条には、医療法人の特徴である非営利性が求められており、この点は一般的な株式会社と大きく異なる点といえるでしょう。
医療法人と株式会社の違いはほかにもあります。例えば議決権は、株式会社では「一株一議決権」に対し、医療法人は「一社員一議決権」の制度が適用されています。
医療法人と株式会社の主な違いは以下のとおりです。
医療法人 | 株式会社 | |
配当 | 現在配当なしのみ設立可能 | 配当あり |
理事人数 | 3名以上 | 取締役のみ |
議決権 | 一社員一議決権 | 一株一議決権 |
代表者の資格 | 原則医師のみ | 規定なし |
解散時残余財産 | 国や地方公共団体などに帰属 | 出資者に分配 |
事業承継税制(※) | 対象外 | 対象 |
※事業承継税制とは、中小企業経営承継円滑化法に基づく認定のもと、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。
医療法人の種類
医療法人は、「社団」と「財団」に大きく分けることができます。2019年3月時点では、全医療法人の99%が社団となっています。ほかにも公益性の高い事業を行う機関で都道府県知事の承認を必要とする「社会医療法人」や、公益の増進に貢献し公的に運営されている、国税庁長官の承認を受けた特定医療法人などもあります。
社団医療法人
「社団医療法人」とは社員によって構成される団体で、社員が株式会社でいうところの株主に近い立場であり、法人の運営を左右します。また、社団医療法人は、出資持分の有無で区別されます。持分とは医療法人を設立したときに出資した者がもつ財産権です。
出資持分のある社団医療法人
社団医療法人であり、定款に出資持分に関する定め(出資者の退社に伴う出資持分の払戻しや、医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定め)を設けているものをいいます。
しかしながら医療法人は配当ができないため財産が大きくなってしまうことがあり、相続が生じると、相続税が納付できないなどさまざまな問題が発生する可能性があります。このような理由から、2007年施行の第五次医療法改正で出資持分のある医療法人の新規設立はできないよう変更されました。
法改正以前に設立された出資持分のある医療法人については、当分の間存続を猶予する経過措置がとられており、これに該当する法人を「経過措置型医療法人」といいます。
また、退社に伴う払い戻しや解散に伴う残余財産の分配の出資限度額を定めることもでき、これを「出資額限度法人」といいます。不当な配当請求を避けるため、こちらに変更する法人も多くあります。
出資持分のない医療法人
定款に定めがなく、出資者に出資持分がない法人を指します。医療法人の解散に伴う残余財産の分配などの配当行為ができません。
また、基金で資金を調達している出資持分のない医療法人を、「基金拠出型医療法人」といいます。
財団医療法人
「財団医療法人」とは寄付金を基に設立された法人のことを指し、2019年3月現在では医療法人全体の1%程度です。
医療法人の事業承継
事業承継とは経営者が事業を次世代に引き継ぐことです。主には経営権(社長の役割、育成など)、経営資源(理念、技術、人材、ノウハウなど)、物的資産(土地や建物、設備、資産など)を、後継者に引き継ぎます。
医療法人の事業承継とは
医療法人の事業承継とは、一般的な事業承継と同様に医療法人における経営を引き継ぐことをいいますが、ほかの業界と比べてもより後継者不足が深刻化しているという現状にあります。
医療法人における後継者不足の現状
株式会社帝国データバンク(2023年11月21日)の調査によると、全国・全業種約 27 万社における後継者動向について、後継者がいない、または未定とした企業は 14.6 万社で、後継者不在率は53.9%と過去最低になっています。
また、日本医師会総合政策研究機構のデータによると、病院では約63%、有床診療所では約75%、無床診療所では約83%が後継者不足となっており、全業界の後継者不在率と比べても、医療業界はより深刻な後継者不足であることが分かります。
医療法人における事業承継の条件
多くの場合、医療法人における事業承継は、医師や歯科医師などの有資格者であることが求められるため、そのような要件も後継者不在率を上げている要因の一つと考えられます。
医療法人における事業承継の進め方のポイント
医療法人における事業承継の主な流れは、以下になります。
- 後継者の選定
- 事業承継計画書の策定
- 法的手続き
- 財務の整理と税務対策
- 後継者への引継ぎ・育成
- 事業承継の実行
- 事業承継後のサポート
また、子どもや配偶者などの親族に承継するのか、親族以外の第三者に承継するのかでも進め方が変わります。
では、それぞれを解説していきます。
親族間での事業承継
親族間承継は、子どもや配偶者などの親族に引き継ぐ方法です。早くから準備でき、信頼できる身内に継承できるというメリットがある反面、無理に親族から後継者を選ぼうとすると、関係者から反感を買ってしまったり、相続税の問題など、解決すべき課題も多くあります。
医療法人が親族間承継する場合の進め方は、出資持分の移転・出資持分の払戻し・認定医療法人の活用の3種類の方法があり、それぞれ手続きや負担する税額などが異なります。
出資持分の移転
医療法人は株式会社とは異なり株式がないため、医療法人の設立時に出資者が必要資金を出資します。これを出資持分といいます。出資者は保有する出資持分の全て、あるいは一部を第三者へ譲渡することができ、これを出資持分の移転といいます。
出資持分を移転する場合、相続・贈与・譲渡いずれかの方法で譲り渡すことができ、事業承継では出資持分の全てを後継者へ移転させるのが一般的です。
この方法のメリットは当事者間で持分譲渡契約書を締結して、社員の入れ替えを行えば完了するため、手続きが容易に行える点です。また法人格は変わらないため、許認可に必要な手続きや取引先からの同意も不要です。また、親族間承継の場合、出資持分の移転には生前贈与も可能です。
ただし、デメリットには高額な相続税や贈与税が後継者に課せられる可能性があることが挙げられます。移転時の出資持分=設立時の出資額+経過年度の利益剰余金のため、医療法人が設立されてから年数が経過しているほど評価額が上がっている場合があり、その分納付する税金も高くなります。
また、出資持分と経営権は切り離されているため、出資持分を移転させただけでは事業承継は完了しないという点にも注意しましょう。経営権も移転させるためには、後継者の選任に賛同する社員を多く集める必要があります。
出資持分の払い戻し
前任の経営者の退社時に出資持分の払い戻しを行い、払い戻された出資持分を後継者へ贈与することで引き継ぎます。その出資持分を後継者が新たに出資して入社することで医療法人を引き継ぐ方法です。
この方法では、後継者は払い戻された出資持分の贈与に対し贈与税を納付する必要があります。また、払い戻しを受けた前任の経営者側に利益が発生した場合、その利益分は総合課税により配当所得の課税対象となります。この税率が最大55%にもなるため、注意が必要です。
手続きが比較的容易であり、法人格は変わらないため許認可に必要な手続きや取引先からの同意も不要であることや、後継者が経営権を引き継ぐには議決権のある社員からの賛同が必要な点は、出資持分の移転と同様です。
認定医療法人の活用
認定医療法人とは、持分あり医療法人から持分なし医療法人へ移行した医療法人のことです。認定医療法人制度の適用期限は2026年12月31日までです。この制度を事業承継の際に活用することで贈与税の納税が猶予され、さらに移行後6年経つと免除されます。また出資持分がないため、後継者は出資金を用意する必要がありません。
しかし認定医療法人へ移行するには、移行計画を作成し厚生労働大臣から認定を受ける必要があり、出資持分は放棄することが条件となります。
第三者に事業承継
合併や買収などのいわゆるM&Aを使って事業承継することで、第三者に引き継ぐことができます。後継者不足という現状から、近年増えている方法です。主な手続きの流れは以下のとおりです。
- M&Aの戦略立案
- M&Aアドバイザーなどを通じて、買い手候補の選定とアプローチ
- 法務、財務、業務状況の調査、リスクや評価を確認
- 契約交渉と締結
- 承継と統合
- PMI(Post Merger Integration)(経営統合、業務統合、意識統合)
法人評価が高いと、より多くの買い手候補と商談ができるようになります。そのためには、借入金や賃貸金の精算、資産の整理などを事前にやっておくとよいでしょう。
医療法人が第三者承継する場合の進め方は、出資持分の譲渡、持分の払い戻し、合併、事業譲渡があります。
出資持分の譲渡と払い戻しについては親族への承継と基本的に変わりませんが、一般的に贈与ではなく、有償譲渡という形になります。
合併は、2つ以上の医療法人が1つに統合される方法です。株式会社などほかの法人業態との統合はできません。具体的には、吸収合併と新設合併があります。
吸収合併では、存続する側の医療法人が、消滅する側の医療法人の権利・資産・負債・施設設備の全てを引き継ぎます。新設合併は医療法人を新設し、消滅する側の医療法人の保有する全ての権利・資産・負債・施設設備などを新しい医療法人が引き継ぎます。
合併することで変わることと変わらないことがあります。
変わること | 変わらないこと |
法人名 | 法人格 |
社員総会構成メンバー(原則全員交替) | 施設管理者 |
理事会・役員構成メンバー | 従業員の雇用条件 |
個人の連帯保証の解除 | 取引先、連携先 |
主に経営部分が変わることとなり、患者さんや従業員などに変化はありません。
医療法人の事業承継時に注意すべき税務手続き
ここでは、出資持分ありのケースについて解説します。
まず、出資持分を譲渡した場合、出資持分譲渡額から設立時出資金と仲介手数料等の必要経費を差し引いた譲渡益に対して課税されます。この場合、税率は20.315%(所得税、復興特別所得税の15.315%、住民税5%)です。
そのため、譲渡益が出資持分の譲渡額以下であれば、税金はかかりません。
また、売り手側の理事長が役員退職金の支給を受ける場合には、その退職所得に所得税等が課税されます。
具体的には、まず以下の計算で課税退職所得金額を算出します。
課税退職所得金額=(退職金の収入金額-退職所得控除額)×1/2
算出された課税退職所得金額に分離課税の方式により所得税や住民税(一律10%)、復興特別所得税(所得税額に2.1%を乗じた金額)が課税されます。
所得税については、退職所得によって以下のように税率が変わるため、あらかじめ売り手に確認が必要です。
課税退職所得金額(円) | 所得税率(%) | 退職金控除額(円) |
1000~1,949,000 | 5 | 0 |
1,950000~3,299,000 | 10 | 97,500 |
3,300,000~6,949,000 | 20 | 427,500 |
6,950,000~8,999,000 | 23 | 636,000 |
9,000,000~17,999,000 | 33 | 1,536,000 |
18,000,000~39,999,000 | 40 | 2,796,000 |
40,000,000 以上 | 45 | 4,796,000 |
また上記表にある退職金控除は、下記のように理事長の勤続年数に応じて増えていきます。
つまり勤続年数が多いほど税負担が軽減されるということになります。
勤続年数 | 退職所得控除額 |
20年以下 | 40万×勤続年数(80万円未満の場合は80万円) |
20年超 | 800万円+70万円×(勤続年数-20年) |
※勤続年数に 1年未満の端数があるときは、端数を切り上げ1年として計算
《参考》国税庁No.2732 退職手当等に対する源泉徴収より
親族間の贈与や相続の場合、後継者がそれぞれ贈与税、相続税がかかります。
医療法人の事業承継税制という制度を活用することで贈与税、相続税の猶予又は免除が受けられ、税負担の軽減が可能です。
この事業承継税制を受けるためには認定医療法人であることが条件となります。
さらに認定医療法人の要件を6年間満たし続け、移行から6年間毎年報告書を提出し、要件を満たしていることを報告する義務があります。
相続税、贈与税いずれも期限内の申告が必要です。
贈与税、相続税の納税猶予の特例を受けるための要件は以下のとおりです。
【相続税の納税猶予の特例要件】
被相続人 | 医療法人の持分を有していた人である |
相続人 | 相続または遺贈によって、被相続人から医療法人の持分を取得した人である |
医療法人の持分 | 相続税の申告期限において認定医療法人の持分(遺産分割されているものに限ります。)であって、相続税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨を記載したものである |
《参考》国税庁No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例より
【贈与税の納税猶予の特例要件】
被相続人 | 認定医療法人の持分を有していた人である |
受贈者 | 認定医療法人の持分を有していた人(贈与者による認定医療法人の持分の放棄により受けた経済的利益について贈与税が課される人に限ります。)で、贈与者による認定医療法人の持分の放棄があった日から贈与税の申告期限までの間に、認定医療法人の持分の全部又は一部を放棄した人であること。 |
対象となる経済的利益 | 贈与者による認定医療法人の持分の放棄により受けた経済的利益で、贈与税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨を記載したものである |
《参考》国税庁No.4440医療法人の持分に係る経済的利益についての贈与税の納税猶予の特例
まとめ
医療法人の事業承継は、選ぶ方法によって持分の扱いや税負担も大きく変わるため事前にしっかり確認することが重要です。
M&Aの支援業者も2020年頃は370社だったのが2024年3月時点で870社程となり増えています。医療法人の事業承継やM&Aを成功させるには、専門家に相談しながら進めていくことをおすすめします。