医院継承のメリット・デメリットを徹底解説|地域医療を支えるための準備とリスク対策

目次
監修税理士

永藤 貴弘
ビジョンシード会計事務所 公認会計士・税理士
2007年上智大学卒業後、有限責任監査法人トーマツに入所致しました。トーマツでは会計・税務領域の支援だけではなくIPO支援、PwCにて事業再生コンサルティング、金融系バイアウトファンドにて当事者として事業承継・企業価値向上に取り組んで参りましたので、多面的に依頼企業様のご相談に対応することが可能です。専門家というよりも壁打ち役としてお気軽にご相談ください。
本記事をご覧の方の中には、医院継承におけるメリットやデメリット、または必要な条件などが気になっている方もおられるのではないでしょうか。
医院の継承では、後継者への権利や資産の移転、経営の引き継ぎ、患者さんや地域との信頼関係の構築など、様々な課題があります。
しかし、医院継承には、開業費用の削減や早期の経営安定化など、様々なメリットも期待できるでしょう。
本記事では、医院継承の現状と重要性、メリット・デメリット、注意点などについて詳しく解説していきます。
医院継承に関心のある方は、ぜひ参考にしてみてください。
医院継承の現状と重要性

現在の日本において、医院の後継者不足は深刻な問題となっており、医院の後継者がみつからず廃業に追い込まれるケースが増加しています。そのため、医院継承の重要性が増しています。
医院継承とは何か?
医院継承とは、既存の医院の所有権や経営権を後継者に承継することを指します。
後継者として医師が引き継ぐのが一般的ですが、場合によっては医療法人や経営コンサルタントなどが後継者になることもあります。
継承の背景と重要性
日本には約10万件の一般診療所(クリニック)があると推計されていますが、そのうち個人経営の診療所は約4万件で、全体の38.6%を占めています。
しかし、開業医の平均年齢が58.4歳と高く、今後10年以内に3割以上の医師が引退を迎えると予想されています。
後継者不在で医院が廃院に追い込まれれば、地域医療の崩壊につながりかねません。
医院継承を円滑に行うことは、地域への医療提供を持続させることにも繋がるのです。
医院継承のメリット

医院継承のメリットは大きく分けて3つあります。
- 開業初期の費用を抑えることができる
- 集患のハードルが低い
- スタッフの引き継ぎができれば採用コストを抑えられる
これらの経済的側面から運営面に至るまでの新規開業する場合と比較してメリットを得られます。
さらに既存の医院を継承することで、長年その地域で培われてきた信頼関係や資産を効率的に引き継ぐことができ、持続可能な医院経営の実現が可能です。
医療の質を維持しながら、経営の安定化を早期に実現する上で、医院継承は極めて有効な選択肢と言えるでしょう。
以下では、医院継承における主なメリットについて、具体的に解説します。
開業初期の費用を抑えることができる
新規開業の場合、土地取得や建物の建設、最新医療機器の購入など、莫大な初期投資が必要となります。
例えば、以下のような内訳になります。
- 土地・建物関連:数千万円
- 医療機器:数千万円
- 内装工事:2000万円以上
- 運転資金:1000万円以上
このように、新規開業では総額で数億円規模の資金が必要となることも珍しくありません。
一方医院継承では、既存の設備や資産を活用できるため、初期投資を大幅に削減することが可能です。
また、継承価格は物件の築年数や設備の状態によって交渉の余地があり、さらなる初期費用削減も期待できます。
初期費用を抑えることは、開業時の財務的負担を軽減し、経営の自由度を高めることにつながります。
集患のハードルが低い
新規開業の場合、地域での認知度向上から始める必要があり、集患数を安定させるまでに相当な時間とコストを要します。
集患にかかる費用の一例は以下の通りです。
- 広告宣伝費:月額10万円以上
- 医院サイン一式:数百万円
- ウェブサイト制作:100万円前後
- 開業案内の作成・配布:数10万円
これらの投資を行っても、十分な患者数の確保までには通常6カ月〜1年程度の期間を要することが一般的です。
これに対し医院継承では、既存の患者基盤や地域での評判を活用することが可能です。
具体的に以下の点で新規開業の場合と比較して優位性があります。
- 既存患者との信頼関係の継承
- 地域住民への認知度の活用
- 近隣医療機関からの紹介患者の維持
- 口コミによる自然な患者数の増加
これらの要素により、開業直後から安定的な診療収入を見込めます。
スタッフの引き継ぎができれば採用コストを抑えられる
医療スタッフの採用は、新規開業における重要な課題の一つです。
採用にかかるコストの具体例は以下の通りです。
- 人材紹介会社への支払い:内定者の年収30%程度
- 求人広告費:数十万円
- 面接・研修期間中の人件費
- 教育・研修にかかる費用
さらに、以下のような時間的コストも考慮する必要があります。
- 採用活動にかかる時間
- 指導スタッフの教育期間
- 業務フローの確立
- チームワークの醸成
医院継承では、上記の時間的コストの削減も可能です。
時間的コストの削減により、開業後すぐに質の高い医療サービスの提供に注力できます。
医院継承のデメリット

医院継承には多くのメリットがある一方で、後継者が直面する様々な課題や問題点、デメリットも存在します。
これらの課題は、事前の準備や対策が不十分な場合、医院経営に重大な影響を及ぼす可能性があります。
既存スタッフとの人間関係の構築、長年通院している患者さんとの新たな信頼関係の確立、医院施設や設備の状態など、表面からは見えにくい問題が潜んでいることがあります。
これらの予期せぬ課題に対して、適切な対応策を講じることが医院継承を成功に導く重要な鍵となります。
想定外の事態に備えて、事前にリスク分析を行い、具体的な対応策を検討しておくことが大切です。
具体的に、主な医院継承におけるデメリットについて詳しく見ていきましょう。
既存スタッフとの関係構築や方針に時間がかかる可能性がある
医院の経営方針や運営スタイルを変更する際には、長年その医院で働いてきた既存スタッフとの間に軋轢が生じる可能性があります。
特に、スタッフが前院長の方針や手法に深く馴染んでいる場合、新しい体制への移行には予想以上の時間と労力が必要です。
医院継承の過程で生じる業務の混乱は、医療サービスの質の低下につながるリスクもあり、慎重な移行計画と段階的な実施が求められます。
また、スタッフのモチベーション維持や新体制への理解促進のための取り組みも重要な課題です。
患者さんとの信頼関係を一から築き上げる必要がある
多くの場合、継承する医院の患者さんは、長年の診療を通じて前院長との強い信頼関係を築いています。
そのため、新院長の診療方針や治療手法が前院長と異なる場合、患者さんの不安や戸惑いを招いてしまいます。
引き継ぐ過程で、患者さんが離れてしまうリスクも現実的な課題として考慮する必要があります。
患者さんとの信頼関係の再構築には、丁寧なコミュニケーションと確かな診療技術の提供が不可欠となります。
想定外の費用が発生する可能性がある
表面的な調査では把握しきれない建物の劣化や医療機器の状態不良が、継承後に判明することがあります。
状態不良の修繕や更新には、当初の想定を大きく上回る費用が必要となる可能性があります。
さらに、経営するなかで医療制度の改正や地域の医療ニーズの変化など、経営環境の変化への対応も求められかねません。
環境の変化へ適切に対応するためにも、予期せぬ設備投資や人材採用など、追加の支出が必要となることも考慮に入れておくべきでしょう。
医院継承での開業で押さえておくべき注意点

医院継承による開業は、新規開業と比べて既存の患者基盤や設備を活用できる利点がある一方で、様々な課題や注意点が存在します。
医院継承を成功に導くためには、経営状況の詳細な把握や地域医療機関とのネットワーク構築など、複数の重要な側面から入念な準備と検討が必要となります。
特に重要となるのが、現状の経営状況を細部まで確認し、承継後の具体的な事業計画を綿密に策定することです。
事業計画は、医院の将来的な発展と安定的な運営の基盤となるでしょう。
また見落としがちな点として、地域の医療ネットワークへの適切な参画があります。
既存の地域医療体制に円滑に統合されないことで、患者さんの継続的な確保や円滑な事業運営に支障が生じるリスクが存在します。
そのため、地域の医療機関との良好な関係性構築と連携は、継承成功の重要な要素となります。
医院継承でそれぞれ押さえておくべき注意点を解説します。
現状の経営状況をしっかりと把握・確認しておく
医院の経営状況を正確に把握することは、継承の成否を左右する重要なステップです。
具体的には以下の項目について、詳細な調査と分析が必要となります:
- 月次・年次の収支状況と推移
- 保有する医療機器などの資産の状況と評価額
- 借入金などの負債の状況と返済計画
- 患者数の推移と診療圏の動向
- 職員の雇用状況と人件費
- 建物・設備の維持管理状況
これらの要素を総合的に精査することで、予期せぬ経営上の問題や隠れた債務の存在を事前に発見し、適切な対策を講じることが可能となります。
継承するエリアの医師会や医療機関との関係構築
地域医療における円滑な連携体制の構築は、医院継承の重要な成功要因です。具体的に以下のような取り組みが推奨されます。
- 地域医師会への早期加入と積極的な参加
- 近隣医療機関との紹介・逆紹介ネットワークの確立
- 地域の医療連携会議への参加
- 地域医療支援病院との連携強化
- 地域の健康増進活動への協力
これらの活動を通じて、地域医療における自院の役割を明確に理解し、地域のニーズに応える医療サービスを提供することが重要です。
また、このような関係構築は、継承後の安定的な患者数の確保にも直結する重要な要素となります。
以上のポイントを十分に検討し、準備を整えることで、医院継承を成功に導けるでしょう。
医院継承におけるトラブル事例とその対策

医院の継承において、患者さんやスタッフの離反、医院譲渡契約における契約条件の不履行、行政手続きの不備など、さまざまなトラブルが発生する可能性があります。
これらのトラブルを回避するためには、十分なコミュニケーションの確保や、法的な手続きの適切な履行など、慎重な対応が必要です。
方針変更による患者さん・スタッフの減少
新しい院長の方針変更により、従来の患者さんやスタッフが離れていく事例があります。
これを防ぐには、前任の院長やスタッフとのコミュニケーションを密に行い、方針転換の必要性と内容を十分に説明し、理解と協力を得る必要があります。
また、患者さんに対しても、新しい方針や体制について丁寧に説明し、理解と協力を求めることが重要です。
医院譲渡契約における契約条件の不履行
医院の譲渡契約において、売主と買主の間で条件や期限の認識にズレが生じ、トラブルになることがあります。
契約締結前に、双方で条件を十分に確認し、明確な合意形成を行うことが不可欠です。
行政手続きの不備
医院の開設や移転、名称変更など、関連する行政手続きを適切に行わないと、事業継続に支障をきたすことがあります。
医療法や関連法規を熟知し、必要な手続きを漏れなく行う必要があります。
医院継承の流れと準備するべきポイント
医院の継承には、多くの手順と手続きが伴います。
まずは医院の現状を詳細に把握し、承継条件を慎重に検討する必要があります。
その上で、売主と買主の間で承継条件を協議し、合意形成を図ってください。
この過程では、関係者とのコミュニケーションを密に取り、スムーズな引継ぎを実現することが重要です。
医院継承の流れ

医院継承は以下の7つのステップで進めます。
- 医院の現状把握と事前評価:経営状況、設備、患者数の確認
- 承継条件の協議・合意形成:価格交渉、条件設定、期間確定
- 譲渡契約の締結:契約内容の確認と契約手続き
- 経営権・所有権の移転:各種許認可と登記の変更
- 診療報酬請求権の移転:保険医療機関の手続きと設定
- 医療スタッフの引継ぎ:雇用契約の承継と体制説明
- 患者さんの引継ぎ:診療情報の移行と周知
これらの各種法的手続きを漏れなく行うことが不可欠です。
医療機関の継承では特に慎重な対応が求められるため、専門家への相談を適宜活用することをお勧めします。
必要な書類と手続き

医院継承に必要な書類と手続きは以下の通りです。
- 医療法人の定款変更や登記(定款変更認可申請書)
- 医療施設開設許可の変更(医療施設開設許可変更申請書)
- 健康保険の指定・登録の変更(保険医療機関変更届)
- 医薬品・医療機器の承継(医薬品譲渡書の作成、医療機器の保守点検記録)
- 医療廃棄物処理委託契約の変更(産業廃棄物管理票の更新)
- 従業員の雇用承継(労働条件通知書の作成)
- 銀行取引の変更(取引印鑑の変更)
- その他重要な手続き(ライセンス契約の変更)
医療法や関連規制を十分に理解し、必要書類の準備や手続きを適切に進める必要があります。
また、以下の点に特に注意が必要です。
- 期限を確認し、余裕を持ったスケジュール管理
- 書類の不備や記載漏れの防止
- 関係機関との事前相談・調整
- 手続きの進捗管理
専門家(医療経営コンサルタント、社会保険労務士、税理士等)に相談しながら、これらの手続きを確実に完了させることをお勧めします。
まとめ
医院の継承は、地域医療の維持や経営の安定化につながる選択肢の一つです。
しかし既存スタッフとの人間関係の構築、長年通院している患者さんとの新たな信頼関係の確立、想定外の費用が発生する可能性など、医院継承特有のデメリットもあります。
とはいえこれらデメリットは、スタッフとの丁寧なコミュニケーションや、あらかじめ起こりうるトラブルを想定して対応策を準備しておくなどすれば、十分対処可能です。
医院継承を進める上で不明点があれば、医院経営の専門家に相談するなど、慎重な準備と対策を立てることが重要です。
医院の継承は大きな決断を伴いますが、地域医療の維持と経営の安定化に寄与する選択肢として、検討に値するでしょう。