TOP > 開業医の年収・お金に関する話 > 開業医の相続対策とは? 医院をスムーズに承継するためのポイントと注意点

開業医の相続対策とは? 医院をスムーズに承継するためのポイントと注意点

                   
投稿日: 2025.03.12
                   

永藤 貴弘

ビジョンシード会計事務所 公認会計士・税理士

2007年上智大学卒業後、有限責任監査法人トーマツに入所致しました。トーマツでは会計・税務領域の支援だけではなくIPO支援、PwCにて事業再生コンサルティング、金融系バイアウトファンドにて当事者として事業承継・企業価値向上に取り組んで参りましたので、多面的に依頼企業様のご相談に対応することが可能です。専門家というよりも壁打ち役としてお気軽にご相談ください。

個人開業医の相続準備は、早い段階で始めることをおすすめします。

準備不足の状態で相続となった場合、思わぬ多額の相続税が発生してしまったり、医療機関ならではの複雑な事情が関係して事業承継が進まなかったりと、相続にまつわるトラブルが生じやすいからです。

この記事では開業医の方がクリニックをスムーズに承継するためのポイントとして、相続税や後継者の問題をはじめ、相続人の遺産分割までを含めた相続対策法を解説していきます。

開業医の相続で問題になりやすいポイント

開業医の相続において問題になりやすいのは、大きく分けて次の3点です。

・相続税の負担が大きい
・医院の事業承継がスムーズに進まない(後継者問題)
・兄弟姉妹間の遺産分割トラブル

各項目について詳しく解説します。

相続税の負担が大きい  

開業医の相続で負担が大きくなりやすいのは「医療法人化していないクリニック」と「持分あり医療法人」の2つです。

まず、医療法人化していないクリニックの相続から見ていきましょう。個人経営のクリニックで相続が必要になった場合、クリニックの土地や建物、医療設備はもちろんのこと、医薬品の在庫や未収の診療報酬(未収金)に至るまでほぼすべての財産が相続財産とみなされます。

それらに個人資産および相続開始前7年以内の生前贈与をプラスし、葬儀費用や債務を引いたものが相続税の課税対象となります。そのため、クリニックを所有する開業医の相続は、一般的な相続と比べてクリニックの資産分相続税負担が重く、金額も多額になりやすいのが特徴です。

実際に、令和5年に実施された医療経済実態調査によると、一般診療所1施設あたりの資本(資産-負債)は約1億3000万円でした。

(参考:第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告|中央社会保険医療協議会

平均値である1億3000万円をクリニックの資産とした場合、発生する相続税はいくらなのでしょうか。国税庁「相続税の早見表」を元に算出します。

相続税の早見表(令和7年1月時点)

法定相続分に応ずる取得金額税率控除額
1000万円以下10%
1000万円超から3000万円以下15%50万円
3000万円超から5000万円以下20%200万円
5000万円超から1億円以下30%700万円
1億円超から2億円以下40%1700万円
2億円超から3億円以下45%2700万円
3億円超から6億円以下50%4200万円
6億円超55%7200万円

(参考:相続税の税率|国税庁

1億3000万円の資産価値があるクリニックのみを相続する場合、税率は40%です。法定相続人を1人とすると、相続税額は次のように算出できます。

1億3000万円(取得金額) × 40%(税率) – 1700円(控除額) = 3500万円(相続税額)

つまり、資産がクリニックだけと仮定しても 3500万円もの莫大な相続税を支払うことになります。実際はここに預金や自宅などの個人資産がプラスされるので、相続税はさらに高額となることが予想されます。

つぎに、「持分あり医療法人」も相続税が高くなる傾向にあります。ちなみに持分とは、医療法人を解散した場合の財産権のことです。

財産権が国に帰属する持分なし医療法人と違い、持分あり医療法人は、持分=資産とみなされるため相続税負担は重くなります。

このとき注意すべきなのは、持分が「設立当初に出資した金額」ではなく「相続した時点での資産評価額」である点です。

資産評価額が、出資金額の数倍〜数十倍になるのは珍しくいことではありません。医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が法人に蓄積され相続時までに資産評価額が膨らみやすいという傾向にあり、相続時の資産評価額が大きければ大きいほど相続税は高額になります。

さらに、相続税の申告・納税期限にも注意が必要です。相続税は、被相続人である開業医の死亡を知った日(多くの場合は死亡日)の翌日から10か月以内に申告・納税しなければなりません。

医療法人の資産といってもほとんどが土地や建物なので、現金化は難しくなります。支払えない場合は土地や建物を売却せねばならず、クリニックを廃院することにもなりかねないのです。

医院の事業承継がスムーズに進まない  

地域の医療を支えるためにも「クリニックを次世代に引き継ぎたい」と考える方は多くいらっしゃるでしょう。

しかし一般的な企業とは異なり、クリニックを承継するには医師免許が必要です。子どもが医師免許を取得したとしても、本人に継ぐ意志がなければ後継ぎ不在になります。近年は少子化の影響もあり、後継者不在のクリニックは増加しています。

後継者がいない場合、M&A仲介会社を介して第三者の医師へ事業承継を行うことも可能です。しかし、すぐに適任の候補者が見つかるとは限りません。売り手と買い手で運営方針が大きく異なっていたり、地域に開業医を志望する同標榜科の医師がいなかったりと、さまざまな理由で難航するケースが少なくありません。

また、医療機関の事業承継には医師法・医療法などの法律が絡むため、一般的な株式会社のM&Aを専門としている仲介会社では手続きに不備が生じる可能性があります。

どのM&A仲介会社に依頼するかも含めて準備をしておかないと、いざ相続となったときに事業承継が進まず、家族やスタッフの混乱を招くおそれがあります。

兄弟姉妹間の遺産分割トラブル

医師免許を保有する子どもがいて、その子にクリニックを継ぐ意思があれば、後継者問題はほぼクリアといってもよいでしょう。

しかし、後継者となる子一人にクリニックをまるごと相続するとなると、ほかの兄弟姉妹から不満が出る可能性があります。開業医の資産はクリニックがその大部分を占めることも多く、クリニックを継ぐ子と継がない子との間で相続資産に大きな金額差が生じてしまうからです。

そもそも、医師免許を取得するには多額の教育費が必要です。「教育費をかけてもらった上に遺産のほとんどを相続するなんて…」と、継がない子から見れば納得がいかない部分もあるでしょう。

クリニックを継がない子が土地・建物を相続し、継ぐ子に対して賃貸するという方法もあります。しかし、賃貸料で運営費が上がればそれだけ経営を圧迫しますし、土地・建物を継いだ子がいつ売却を希望するとも限らないので、その辺りは慎重に話し合いを重ねなければなりません。

クリニックの資産は分配できないものが多いため、早い段階で均等に行き渡らせるための準備をしておかなければ、兄弟姉妹間の遺産分割トラブルになるおそれがあります。

開業医が相続対策として準備すべきこと

開業医が相続をする上で、進めていくべき対策は以下の通りです。

・相続税対策
・後継者対策
・兄弟姉妹間の遺産分割対策

それぞれの具体的な方法について解説します。

生前贈与と相続税対策

開業医がすぐに取り組める相続税対策として、生前贈与があります。年間の贈与が110万円までであれば贈与税はかかりません。ただし、毎年同じ金額を同じ時期に渡していると定期贈与とみなされ、贈与額合計に課税されてしまうこともあるので注意しましょう。

もう一つ注意したいのは、相続開始前7年以内の生前贈与が相続税の課税対象になることです。生前贈与のタイミングが遅いと節税効果が低くなってしまうので、早めに開始する必要があります。

(参考:贈与税の計算と税率(暦年課税)|国税庁

その他の相続税対策は、現状のクリニックが「医療法人化していないクリニック」「持分あり医療法人」「持分なし医療法人」のどれに該当するかで変わります。

「医療法人化していないクリニック」で後継者を立てる予定なら、医療法人化の検討がおすすめです。持株なし医療法人を設立すれば、クリニックの資産を相続税の対象から外すことができます。

医療法人化のメリットは相続税だけではありません。クリニックの収益を所得税から税率の低い法人税へ切り替えられるため、クリニックの経営にも有利に働きます。

医療法人化をせずに相続する場合はのであれば、個人版事業承継税制の活用を検討しましょう。相続税が免除されるわけではありませんが、一定の条件を満たせば長期の納税猶予が認められ、負担を分散できます。個人版事業承継税制の活用にあたっては、個人事業承継計画の提出が必要なので、事前に確認しておきましょう。

(参考:個人版事業承継税制|国税庁

「持分あり医療法人」の場合、持分なし医療法人への移行が節税対策として効果的です。財産権を手放すことに抵抗を感じるかもしれませんが、持分なし医療法人に移行すればクリニックの資産にかかる相続税を支払う必要がなくなるため、メリットは大きいといえます。

移行の際は認定医療法人制度を活用するのがおすすめです。本来なら移行時に発生する贈与税を支払う必要がなくなるなど、さまざまな税制優遇措置を受けることができます。

「持分なし医療法人」の場合、相続対象となる持分がないため相続税はかかりません。事業承継も理事長の交代という形で可能です。

事業承継計画の策定  

クリニックの事業承継は50〜60代頃から計画を立てて、早めに準備を進めましょう。後継者の選出や育成はトントン拍子にいくとは限りませんし、予想以上に時間がかかることもあります。

とくに院長一人で運営しているクリニックはオーバーワークになりやすく、疲労と高齢が重なり体調を崩す可能性もあります。度重なる休診で患者さんが離れてしまうよりは、体力があるうちに事業承継計画を立てておく方が安心です。

医師免許を取得した子どもがいるのであれば、クリニックを継ぐ意思があるのか、継ぐのであれば今後どういった方針で経営をしていくのか話し合う機会を設けることが第一歩です。

継ぐ子どもがいないのであれば、M&A仲介会社を介して第三者の医師を検討します。前述のようにクリニックの事業承継は医療業界特有の手続きが多いので、クリニックの実績が豊富な仲介会社を選定することが重要です。

後継者が見つかったら、スタッフや患者さんに説明する移行期間を設けるとスムーズです。院長交代のタイミングは、現院長が希望する引退時期や健康状態、承継者の意向や準備状況などを踏まえながら決定していきましょう。

遺言書の作成と相続トラブルの防止

兄弟姉妹間の余計な相続トラブルを防ぐためにも、遺産の分配について記した遺言書を用意しておくことは必須です。

遺言書を作成する際は、所有する資産と負債をもれなく明確に記載することがポイントです。クリニックの土地・建物をはじめ、併設駐車場や自宅の不動産、医療機器、事業用資産、有価証券なども詳細に記し、誰が何を相続するのかを明記します。

記載漏れの資産があると争いの火種になるため、遺言書の作成時はすべての資産を洗い出すようにしましょう。

また、遺言書の作成にあたっては相続人それぞれの遺留分(それぞれの相続人が最低限取得できる割合)に配慮することが大切です。遺留分を無視して遺産分配を行うと、クリニックを継いだ子どもが多額の遺留分を請求される可能性があります。

クリニックの資産は不動産や医療機器などの現金化できないものも多く、遺留分を支払える預貯金がなければ支払いに困窮してしまいます。

遺留分争いでクリニック経営に支障をきたさないためにも、できる限り公平な分配を検討するのが得策といえるでしょう。

開業医の相続が上手くいくケースと失敗するケース  

開業医の相続が成功したケースと失敗したケースについて、具体的な例をみていきましょう。

成功事例

開業医として地域医療を支えるAさんは、クリニックを継ぎたいという子どもが医師免許を取得したのをきっかけに、相続税対策を開始しました。

Aさんのクリニックは持分あり医療法人です。財産権を手放すのに長年抵抗があったAさんですが、税理士から「平成32年9月までなら移行計画認定制度で税制優遇措置が受けられる」とアドバイスされたこともあり、持分なし医療機関への移行を決断します。

年月が経ち、Aさんの子どもがクリニックを相続することになりました。Aさんが持分なし医療法人に移行していたので、相続税は払える程度の額に収まったようです。Aさんが生前贈与していた資金なども後押しとなり、Aさんの子どもはスムーズにクリニックを承継することができました。

失敗事例

開業医の父親をもつBさんは、父と同じ標榜科の勤務医として大学病院で働いています。将来は実家のクリニックを継ぐ予定です。

ところがある日、父親が病に倒れて帰らぬ人となりました。悲しみの中で相続の手続きを進めるBさんですが、そのとき初めて実家のクリニックが「持分あり医療法人」であることを知ります。

設立当初の出資持分は1000万円だったのですが、今では数億円規模の資産評価額になっており、数千万円の相続税を支払わなければならないとのことでした。Bさんにはそこまでの貯蓄はなく、すぐに現金化できる不動産や有価証券もありません。

そうこうしているうちに納税の期限が迫り、泣く泣くBさんは継ぐ予定だったクリニックの廃院を余儀なくされてしまいました。

開業医の相続対策に必要な専門家とその役割

開業医の相続は「相続税対策」「遺産分割対策」「後継者対策」が重要なポイントです。

しかし、日々の診療や経営に追われて考える時間が取れない方も多いでしょう。そんなときは専門家の力を借りるのが最適な選択です。

相続税対策のエキスパートは税理士です。クリニックの資産を守り、円滑に承継を進めていくための後押しをしてくれます。

兄弟姉妹間の遺産分割対策を考えるなら、遺言書の作成や遺産分割の協議支援を行う弁護士がサポート役として適任です。

後継者対策では、経営コンサルタントが事業承継計画の策定と実行を支援しつつ、必要であればM&A仲介も行います。

医師が病気の専門家であるのと同じように、相続は税理士・弁護士・経営コンサルタントの得意領域です。大切なクリニックと家族を守るためにも、専門家への早めの相談を検討してみましょう。

まとめ

開業医の相続は、多額の税金負担や後継者問題が絡むこともあり、一般的な相続よりも複雑で時間がかかります。早期の段階で事業承継計画と相続税対策を行えば、相続税を大幅に削減しつつスムーズな承継を行うことができます。税理士をはじめとする専門家のサポートを活用しながら、クリニックの円滑な相続を実現しましょう。