医療業界の人材不足はなぜ深刻化しているのか? 原因と対策を徹底解説

医療業界の人材不足は、日本社会全体において緊急の課題となっています。今の状況が続けば、どのようなリスクが考えられるのでしょうか。また、人材確保のためにはどのような施策を講じればよいのでしょうか。
この記事では、医療業界の現状を各種データから読み解き、今後の対策についてQ&A形式で解説します。
医療業界の人材不足の現状と原因

- 医療業界の人材不足の現状について教えてください。
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ほかの先進諸外国と比べ、日本の人口あたりの医師数は不足しています。
「医療提供体制の国際比較(厚生労働省)」によると、2018年における日本の人口千人あたり医師数は2.5人です。欧米諸国を中心とした先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟国において、38ヶ国中 33位という結果になっています。
「令和4年 医師・歯科医師・薬剤師統計(厚生労働省)」における都道府県別の人口あたり医師数では、徳島県が335.7人と最多、埼玉県が180.2人と最少です。西日本は東日本と比べて医師が少ない傾向にあり、その理由として国公立大医学部の不足が指摘されています。
診療科別の医師数をみると、内科・皮膚科が比較的多いのに対し、外科・産婦人科が少ない傾向にあります。外科・産婦人科はほかの診療科と比べて時間外勤務や急患対応が多いことが、敬遠される一因となっています。
また、医師だけでなく、看護師も不足しています。
「一般職業紹介状況(厚生労働省)」によると、保健師・助産師・看護師の有効求人倍率は2.37倍(2023年12月時点)です。同時点での職業平均有効求人倍率が1.22倍なので、実に2倍弱の差があることが分かります。
(参考:医療提供体制の比較|厚生労働省)
(参考:令和4年 医師・歯科医師・薬剤師統計|厚生労働省) - 人材不足が深刻化している原因にはどのようなものがありますか?
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人材不足の主な原因として「高齢化社会による医療需要の増加」が挙げられます。
令和6年版厚生労働白書をはじめとするデータによれば医師数・看護師は年々増加していますが、高齢者人口の増加に伴ってそれ以上に医療需要が増しているため、供給が追いついていないのが現状です。
人手不足によって医療従事者一人ひとりが抱える業務負担が増し、穴を埋めるために休日出勤や夜勤を余儀なくされるケースも多く、労働環境の悪化につながっています。
全日本自治団体労働組合本部・衛生医療評議会が2024年に発表した調査結果によると、離職を検討する医療従事者の割合は約79%に上るとされています。背景には労働環境や賃金への不満があるとみられ、離職率の高さがさらに人材不足に拍車をかけている状況です。
都市部に比べ、地方はさらに深刻です。利便性がよく給与水準が高い都市部に人材が集中してしまうため、医療の地域格差が広がっています。
- ほかの業界と比べて、医療業界の人手不足はなぜ特に問題視されるのですか?
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生産年齢人口の減少により各業界の共通課題である人手不足問題ですが、とくに医療業界は加速度的に進行するのではないかと懸念されています。
医療業界は業務における身体的・精神的な負荷が大きい、労働量に比べて給与水準が低い、夜勤や長時間業務でワークライフバランスが取りづらいといった点が課題となっています。医学的知識や治療技術など求められるスキルも高く、常に研鑽を必要とされるのも業界の特徴です。
労働力が売り手市場となる中、労働量と賃金が見合わない業界をあえて希望する人材は少ない傾向にあるため、医療業界はほかの業界よりも一層人手不足が深刻化する可能性が示唆されているのです。
医療業界の人材不足によって起こるリスク

- 医療業界の人材不足が与える患者さんへの影響について教えてください。
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医師・看護師の不足により、医療サービスの質の低下が予想されます。
具体的には「医療機関における患者さんの待ち時間が長くなる」「一人ひとりの患者さんに対して割けるリソースが減り、十分な聞き取りやケアができなくなる」などです。
また、業務過多に起因するスタッフ間の情報伝達不足や疲労蓄積によるミス・見落としにより、医療事故が増加することも懸念されます。
- 医療業界の人材不足が与えるスタッフへの影響について教えてください。
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人材不足による医療スタッフへの影響としては「離職率の増加」が挙げられます。
人材不足を埋めるためにスタッフの長時間労働が常態化すると、ワークライフバランスの乱れや労働環境悪化によるモチベーション低下を招き、結果として離職率が上がります。
各スタッフが業務をこなすだけで手一杯になれば、キャリアアップ形成も困難です。勉強会や研修に参加するための時間が取れず、職場全体の医療サービスの質を低下させます。
- 医療業界の人材不足が与えるクリニックへの影響について教えてください。
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クリニックへの影響で考えられるのは「業務停滞やミスが重なることによる経営の悪化」です。多忙による集中力の低下で医療事故が発生し、訴訟リスクが高まることが予想されます。
また、入院基本料や加算の算定には人員配置の施設基準を満たす必要があります。人員配置基準を割ると施設基準未達となり、減収となってしまうのも見逃せない点です。
医療業界の人材不足を解消するための対策

- 医療機関ができる人材確保の工夫にはどのようなものがありますか?
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人材不足を解消するには、新卒/中途採用者を対象とした採用強化を行います。
新卒採用においては、専門学校や大学との連携を密にすることが重要です。教育機関を通じたインターンシップの充実や奨学金制度の導入、就職フェアへの参加、学生向けイベントの実施などを通じて学生にアプローチします。
中途採用においては人材紹介会社と連携し、求人広告掲載や採用イベントへの参加を行います。スマートフォンで就職活動をする人が多い中、採用サイトを制作してPRするのも効果的です。採用サイトには病院の方針や待遇面の魅力、スタッフのインタビューなどを盛り込むと職場の雰囲気が伝わりやすいでしょう。
- 待遇改善や働きやすい環境を整える具体的な方法を教えてください。
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離職防止のための待遇改善としては、賃金の引き上げと福利厚生の充実が有効です。
とくに一人ひとりの能力や習熟度を評価・反映した賃金アップは定着率の向上につながります。医療費補助・休暇制度・食事補助・スキルアップ支援といった福利厚生も離職防止に寄与します。
ただし、施策に走って利益を圧迫すると経営状況を悪化させる可能性があるので、費用対効果や収益増加の見通し立てを十分に検討した上で導入しましょう。
働きやすい環境を整えるには、法定労働時間の遵守やワークライフバランスの推進も重要です。子育てと仕事を両立できずに離職する医療従事者は少なくないため、保育中の職員の当直免除や時短勤務導入も検討しましょう。また、スタッフ向けの健康管理サービスやメンタルヘルスサービスを活用するのもひとつの手段です。
- 少ない人材で業務効率化を図る方法はありますか?
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少ない人材で医療現場を回すには、医療DXの推進が近道です。
具体例としては、患者情報をはじめとする書類の電子化、診療予約・問診のオンライン化、シフト作成や事務作業の自動化・アウトソーシング化が挙げられます。システム導入により省力化だけではなく、ヒューマンエラーの防止やリアルタイムの情報共有など多くのメリットを享受できます。
なお、令和6年度診療報酬改定では「医療DX推進体制整備加算」が新設されました。
本加算は、オンライン資格確認を行う体制の整備や電子処方箋・電子カルテの導入、マイナンバーカードの使用実績などを評価するものです。施設基準や要件を確認して積極的に活用しましょう。
また、医師の業務の一部を他職種に、看護師の業務の一部を看護補助者に分散させるタスクシフト/シェアも有効です。各医療機関に合ったシステムや取り組みについて検討してみましょう。
まとめ
医療業界における人材不足には、過酷な労働環境による離職率の高さや採用難が影響しています。人材不足の解消には、採用戦略に基づく人材確保、働き方改革による職場環境の改善、医療DX推進による業務効率化が糸口となります。労働力の安定は一朝一夕に実現できるものではないため、長期的な視点で進め、必要であれば制度改革も検討すべきでしょう。