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MS法人とは? 医療機関が設立するメリット・デメリットと成功のポイントを解説

                   
投稿日: 2025.03.12
                   

永藤 貴弘

ビジョンシード会計事務所 公認会計士・税理士

2007年上智大学卒業後、有限責任監査法人トーマツに入所致しました。トーマツでは会計・税務領域の支援だけではなくIPO支援、PwCにて事業再生コンサルティング、金融系バイアウトファンドにて当事者として事業承継・企業価値向上に取り組んで参りましたので、多面的に依頼企業様のご相談に対応することが可能です。専門家というよりも壁打ち役としてお気軽にご相談ください。

「MS法人のメリットは?」「MS法人について詳しく知りたい」

近年、医療機関の経営環境は大きく変化しており、効率的な運営体制の構築が求められています。このような状況の中で、多くの医療機関が注目しているのが「MS法人(メディカル・サービス法人)」の活用です。

MS法人は医療法人では非営利性が求められるために制限されてしまう事業を行い、医療機関の効率的な運営を実現する重要な役割を担います。

しかし、MS法人の設立・運営には様々な注意点があり、適切な対応を怠ると税務リスクなどの問題が発生する可能性もあります。

本記事では、MS法人の基本的な概念から具体的な活用方法、さらには成功のポイントまでを、実務的な観点を交えて詳しく解説していきます。

MS法人とは? 

MS法人とは、医療法人が行う医療行為以外の業務を担うために設立される営利法人です。

具体的には、医療法人が行う医療行為以外の業務(事務処理、広報活動、資産管理など)を専門に行う独立した営利法人であり、医療法人と連携して運営されています。

医療機関がMS法人を設立する主な理由は、税制上の優位性と経営効率性の向上が大きいでしょう。

医療法人単体で全ての業務を行う場合、収益が集中することで法人税の負担が増加し、経費計上の制約も生じる可能性があります。

一方、MS法人を設立することで収益を分散させて税率を下げるとともに、医療法人では経費で落とすことができない費用(例:役員退職金や広告費)でも経費で落とすことができるというメリットがあります。

しかし、MS法人を適切に運用しなければ、税務署から「利益移転」とみなされ、追加課税のリスクが生じてしまいます。例えば、医療法人とMS法人間の取引が適正価格で行われていない場合、「寄付金」と判定され、医療補人側で法人税の負担が逆に増加する可能性があります。

【MS法人の基本的な機能と役割】

  • 不動産管理事業
  • 化粧品などの物販・医療機器のリース業
  • 人材派遣・人材紹介
  • 経理事務代行
  • 広報活動支援
  • 医療材料・機器の購買代行
  • 清掃・警備・施設管理

これらの機能をMS法人に委託することにより、医療機関は本来の医療サービスの提供に専念することができ、同時に経営面での事業分散、もしくは事業拡大が可能になります。

MS法人を設立するメリット 

医療機関において、法人税の負担増加や非医療業務は経営を圧迫します。

MS法人の設立は、そのような課題を解決する「経営戦略の要」として注目を集めています。

単体運営では限界のある税制対策や資産管理を、MS法人との適切な役割分担で最適化できるというのが最大のメリットでしょう。

大きな医療法人では、MS法人設立により税額控除と事務処理時間の削減を実現したという成功事例も珍しくありません。

ここでは、医療機関がMS法人を活用する際に得られる「4つのメリット」を、税務・業務効率・資産形成の観点から徹底解説します。

1.節税対策としての活用  

医療法人の税率は収益によって段階的に設定されており、一定額を超えると税率は最大23.2%まで上昇します。

MS法人を設立して収益を分散させれば、両法人の税率をそれぞれ低い水準に抑えることができます。

例えば、医療法人の年間利益が3000万円、MS法人が2000万円の場合、単体で5000万円の利益を計上するよりも税率区分が下がるため、納税額を約10%削減可能です。

さらに、医療法人では経費計上が認められない広告費や研修費などの支出を、MS法人側で計上することができます。

MS法人が事務代行サービスを提供する対価を医療法人から受け取り、両者の収益バランスを調整することで、節税効果を最大化できます。

2.医療業務の効率化  

医療機関の業務は医療サービスの提供にとどまらず、事務処理、財務管理、広報活動など多岐にわたります。
これらの業務をすべて医療法人単体で行うことは、人的リソースの分散や業務効率の低下を招く可能性があります。

MS法人を活用し医療サービス以外の業務を委託することで、医師や看護師などの医療従事者は本来の診療業務に専念できるでしょう。

また、MS法人に業務を委託することで、コスト構造が明確になり、業務の透明性が向上します。
例えば、これまで医療法人で一括して行っていた経理処理を委託することで、医療サービスに関するコストと管理業務に関するコストを明確に区分することが可能になります。

さらに、MS法人で専属のスタッフを雇用することで、より専門性の高い業務に対応できるようになります。

医療事務、経理、マーケティング、それぞれスキルの高い経験者を適切に採用し配置することで、業務の質の向上も期待できます。

3.資産管理・相続対策

医療法人は「医療法」の制約により、不動産投資や預貯金の運用に厳しい規制が課されます。

一方、MS法人は医療法人とは別法人として、不動産管理や投資事業を行えるため、適切な業務契約を通じて資産形成を推進できるというメリットがあります。

相続においても、MS法人の株式を後継者に譲渡することで、医療法人本体の承継と切り分けが可能です。

医療法人の理事長が個人資産をMS法人に移転しておけば、相続税の対象資産を分散させ、後継者の納税負担を軽減できる可能性があります。

4.人件費を最適化する

医療法人では、役員報酬や給与体系に対し様々な制限が設けられています。
具体的には、役員報酬の上限規制や同族役員への報酬規制、非医療職の給与水準規制などがあり、柔軟な人件費マネジメントが容易ではありません。

しかし、MS法人を活用することで課題を解決し、理想的な報酬体系を構築することが可能になります。
例えば、医療法人からMS法人への資金移動を適切に行えば、医療法人の理事長やその家族がMS法人の役員として報酬を受け取ることで、家族に対して所得分散されることとなるため、医療法人の理事長としてのみ所得を得ていた場合と比較して、個人所得税の累進課税による負担を軽減できます。

また、MS法人は業績連動型の報酬制度導入や、職務内容に応じた柔軟な報酬設定ができるため、医療法人では難しい能力給や成果給の導入、柔軟な賞与支給制度の設計も検討できます。

MS法人の注意点とデメリット

MS法人の活用は、医療機関の経営面に多くのメリットをもたらす一方で、いくつかの重要な注意点やデメリットも存在します。
これらのポイントを事前に理解し適切な対策を講じることは、MS法人経営を成功させる上で必要不可欠でしょう。
以下では、特に重要な3つのポイントについて詳しく解説します。

1.設立・運営にコストがかかる  

MS法人の設立には、登記費用、定款認証費用、専門家への報酬など、多額の初期投資が必要になります。
また、運用費用として会計処理や税務申告のための税理士費用、法人登記の維持費用、社会保険関連の手続き費用など、継続的なコストが発生します。

これらの運用費用は、MS法人の活用によって得られるメリットと比較して費用対効果を考慮する必要があります。
特に小規模な医療機関の場合、投資に見合った効果が得られるか慎重な判断が求められます。

2.適切に運用しないと税務リスクがある  

医療法人とMS法人との取引は、税務当局から特に注視される対象です。
取引価格が不適切な場合、その差額が「寄付金」として認定され、追徴課税などの重大な税務問題に発展する可能性があります。

特に注意が必要なのは、以下の取引における価格設定です。

  • 不動産賃貸料
  • 医療機器のリース料
  • 業務委託費用
  • 人材派遣料金
  • 経営指導料

これらの取引価格は、すべて市場相場に基づいた適切な設定が必要です。
価格設定の根拠を明確に示せない場合や、著しく市場価格と乖離している場合、税務調査の際に否認される可能性があります。

3.事業が形骸化すると意味がない  

MS法人は、実質的な事業実態を伴う必要があります。
業務内容が不明確であったり、実態を伴わない形式的な運営は、税務上のリスクを高めるだけでなく、期待される経営上のメリットも得られません。

実態のある事業運営のために必要な要件は、以下のものが挙げられます。

  • 業務内容の明確化と文書化
  • 適切な人員配置と労務管理
  • 取引記録の適切な保管
  • 取引の経済合理性の確保
  • 独立した意思決定プロセス

特に重要なのは、MS法人が独立した事業体として実質的な経営判断を行い、医療機関の経営改善に貢献できる体制を構築することです。
単なる税務対策としてだけではなく、医療機関の経営を支える重要なパートナーとしての役割を果たせるよう、適切な運営体制を整える必要があります。

MS法人の具体的な活用事例

MS法人の活用方法は、医療機関の規模や経営状況によって大きく異なります。
ここでは、成功事例と失敗事例の特徴を分析することで、効果的な運営のポイントを理解していきましょう。
※以下の事例は一般的な状況を説明するものであり、個別の医療機関の実例ではありません。

成功した活用事例

効果的なMS法人活用の特徴として、以下のような要件が挙げられます。

  • 医療法人との取引における適正な価格設定
  • 明確な業務分掌と実態のある業務遂行
  • 専属スタッフの適切な人員配置
  • 取引内容の文書化と記録管理の徹底
  • 税理士など専門家との定期的な面談

これらの要件を適切に実施することで、節税効果と業務効率化の両立が実現できます。

失敗した事例

MS法人運営における典型的な失敗要因は以下のものが挙げられます。

  • 不適切な価格設定による取引
  • 業務実態を伴わない形式的な運営
  • 必要書類の不備や記録管理の不足
  • 専門家との面談機会の不足
  • 法令順守への認識不足

これらの要因により、税務調査での否認や追徴課税などの問題が発生する可能性があります。

失敗事例から学ぶMS法人を運用するための注意点  

失敗事例から導き出される重要な教訓は以下の通りです。

  1. 取引価格の根拠を明確にすること
  2. 実質的な業務実態を確保すること
  3. 適切な文書管理と記録保持を行うこと
  4. 定期的に専門家からのチェックを受けること
  5. コンプライアンス意識を組織全体で共有すること

これらの点に留意しながら、自院の状況に合わせた適切な運営体制を構築することが重要です。
また、一度構築した運営体制も定期的な見直しと改善が必要です。環境変化や法改正などに応じて、柔軟に対応できる体制を整えることが、長期的な成功につながります。

MS法人設立の流れ

MS法人の設立は、医療機関の将来に大きな影響を与える重要な意思決定です。
そのため、事前の十分な準備と綿密な事業計画の策定が必要不可欠です。

ここでは、MS法人を設立する際の具体的な手順と、各段階で特に注意すべきポイントについて解説します。

設立の基本の流れ

MS法人設立の基本ステップは以下の通りです。

  • 事業計画の策定
  • 専門家への相談
  • 基本事項の決定
  • 法人登記の準備
  • 各種届出
  • 運営体制の構築

事業計画の策定では、提供するサービス内容、収支計画、人員計画などを具体的に検討します。
特に、医療法人との取引内容や価格設定については、慎重な検討が必要です。

専門家への相談では、税理士、司法書士、社会保険労務士など、各分野の専門家からアドバイスを受けることが重要です。
なかでも税務面でのリスク管理については、税理士との綿密な打ち合わせが必要となります。

専門家の関与が必須なのは、医療法と税法の両方に精通した税理士や行政書士のサポートなしでは、法改正への対応や書類不備のリスクが高まるためです。医療法人とMS法人の取引条件については、税理士が監修した契約書を作成することが推奨されます。

まとめ

MS法人の活用は、医療機関経営の効率化と持続的な成長を実現するための有効な選択肢です。

節税対策に加え、業務の効率化や資産管理の柔軟性向上など、様々なメリットをもたらす可能性があります。
特に、医療法人単体では実現が難しい柔軟な経営判断や、戦略的な人材活用を可能にする点で、その意義は大きいといえます。
ただし、MS法人の運営には慎重な対応が必要です。
不適切な運営は税務リスクを招く可能性があり、設立・維持にかかるコストも決して小さくありません。
自院の経営状況や将来計画を踏まえた上で、最適な運営体制を構築することが重要です。

また、一度設立した後も、定期的な運営状況のチェックと必要に応じた改善を行うことで、持続的なメリットを享受することができます。

結論として、MS法人は医療機関経営の重要なツールとなり得ますが、その効果を最大限に引き出すためには、適切な計画と運営が必要不可欠です。

専門家のサポートを受けながら、自院に適した形での活用を検討することが、成功への近道となるでしょう。